睡蓮の牧歌

古代エジプトが舞台の物語。メイベル・コリンズの手による象徴的なお話です。

4章

 川の両岸に大群衆が、はっきりと見える。彼らにわからない光が降り注いでいるからだ。それは彼らの見ている星明かりとは違う、天国からではない私の目から生じた光の明るさなのだ。私には彼らの心が見えるーー体ではなく、彼ら自身が見える。私の従者たちがそこにいるのがわかる。私の魂は高く昇り、この群衆のほぼ全員が私に仕えようとしているのを知る。従者たちは尊いわが軍隊だ。義務ではなく願望により従うだろう。

 それぞれのハートに、渇望が見える。私がそれを満足させることができるのはわかっている。この長い一瞬に見続け、それから選んだ従者たちを離れる。彼らに川岸へ引っ張って行くよう指示する。もう彼らの鈍い目に私が見えるように心を集中させていない今は、選んだ別の人たちに話しかけ、触れることができる。若い祭司の力強い生命は、あまりにも私がそれを早く使い切ってしまわない限りは、しばらくの間、肉体の力のランプを燃やすのに十分である。

 私は川岸を急ぎ人々に交わり、それぞれの耳にその人の秘密をささやくーーと言うよりも、口にせず思っているだけの願い事を、いかにして手に入れるかをささやく。どの男性も女性も、強い願望を持っている。もしそれを聴罪の祭司にさえ告白したなら、永遠に恥辱を持つであろうことだ。しかし私はそれを知って、恥ずかしがることはないとし、いかに少しの意志の力で、いかにわずかな知識だけで、自己の欲望を満足させることへの第一歩を踏み出せるかを示す。すべての人だかりの中を、あちらこちらに行き、熱狂し情熱に駆られる群衆を次々と後にする。ついに私の出現が引き起こした興奮状態は、もはや抑えられなくなった。人々から一斉に激しい歌がわき起こり、その歌が私の血をゾクゾクさせ、燃え立たせる。他の空の下で、この歌を私は聴かなかっただろうか。あらゆる民族の声と言葉で歌われるこの歌を。死に絶え、忘れ去られた諸国民の、熱望の歌を。まだ居住の地のない民族から、聴かないことがあろうか。これは私の歌だ! 私に命を与える歌だ! 人の心の中で無言で語られるその歌は、暗黙の情熱、自我の隠された熱狂なのだ。群衆の喉もとから発せられる時、恥じらいは消え去り、隠し立てもなくなる。それから激情の発語はオルガンの響きとなり、信奉者たちの喜びの叫び声となる。

 すべきことは済んだ。山火事のように燃え上がる大火を、私は放ったのだ。私を待つ祭りの船に戻る。選ばれたしもべである神殿の高位の祭司たちは、動かずにそこに立ち、私の戻って来るのを待っていた。ああ、愛欲の偉人、情欲の王、欲望の君主たちよ!

 そしてあの若い祭司はーーまだそこにいるだろうか? まだ死んだままだろうか? そう、彼はじっと動かぬまま、青ざめて、高位の祭司たちの輪の真ん中で、独り中央に立つアグマハドの足もとに倒れている。

 この考えが浮かんだ時、急に不思議な方法で、私自身が潜水していた情欲の大海から自分を引き離したように思われた。再び自分がわかる私に戻ったーー私は黒の女神ではなく、黒の女神に染み込まれ、その自我に包み込まれて、うまいこと使われていたにすぎない。今や再び黒の女神から離れた。だが祭りの船の甲板に、死んだように横たわっている青白い顔の姿に戻らなかった。私は神殿にいる。闇の中。至聖所にいることがわかっている。

 闇の中、光が差す。見ると、ほら! 洞窟の中は光でいっぱいだ。そして光の中に、白い蓮の女神が立っている。

 私は至聖所内の洞窟の入口に立っている。白い女神がそばにいる。その輝く目の中に私が映っている。逃げ出そうとするーー背を向け逃げようとするが、できない。震えが来る。恐怖や不安でさえ私をこれほど震え上がらせたことは、かつてなかった。

 白い蓮の女神は無言で立ち、目は私に向けられている。その目に大きな怒りが表れている。かつては私の優しい友だった、優しい母のように愛に満ちていた白の女神が、今私の前に威厳とともに立ち、私は自分が人間の知ることすべての中で最もひどいことで彼女を怒らせたことがわかるのだった。

 「このようなことをするために、あなたは生まれて来たのですか? ああセンサ! 神々の最愛の者よ。このようなことをするために、あなたの目は見え、感覚は明白に感知できるのですか? そうではないことは、わかっているでしょう。その見る目と素早い感覚は最後に持ち主に仕え、あなたが何に、そして誰に奉仕しているのかを示しました。ずっと彼女に奉仕するつもりですか? あなたはもう成人なのです、選びなさい! 低い下層へと落ちて永遠の奴隷となるのですか? それなら行ってしまうがいい! 私は至聖所を浄化するために来ました。もうこれ以上は我慢できません。至聖所は静まり返るでしょう。そして人々はどの神の存在も知らなくなるでしょう。偽りの口に嘘をつかれ、暗黒に誘惑されるよりはむしろそのほうがいいのです。お行き! もうここへは誰も入れません。私は扉を閉ざします! 至聖所の中は音がなくなり、声は消えます。私は一人、黙って座っていましょう。そうです、幾時代にもわたり私はここに無言で住まうでしょう、そして人々は私が死んだと言うでしょう。そうなればいい! 時が来れば再び私の子供たちの時代になるでしょう。そして暗黒は打ち破られるでしょう。ああ、選ばれしそなた!落ちて行けばいい! あなたの身分は失われたのです。出てお行き!」

 白の女神は手を上げるしぐさで私に出て行くよう命じる。女王たる女神の威厳に、従うほかない。うなだれて、外側の扉へと悲しみの一歩一歩を進める。だが出て行こうとすると扉が開かない。私は出て行くことができず、ここからどこへも行かれないのだ。ハートは悲観にくれて、私を引き止めた。ひざまずき、もがき苦しんで叫ぶ。「母よ、母なる女神よ!」

 厳粛な沈黙の中、一瞬の時間は過ぎ、私は何を待っているのかわからずに待つ。我が魂は飢え、絶望している。すさまじい記憶が闇と静けさの中、浮かび来る。過去の喜びだけでなく、行為が見える。それらの行為を私が盲目的に行なったのが見える。ワインで愚鈍になった人のように、我が魂を麻痺させられるがままになって。そして茫然と与えられた仕事をし、そのことを考えもせず、見返りも喜びもなかった。私はあの黒い魂、今や私にも誰だったかわかる闇の女神の代弁者となり、神託を告げる媒体となっていたのだ。過去がとても恐ろしく、ありありと浮かんで来て、激しく私を責め立てるので、またも暗闇の中を叫ぶ。「母よ、助けてください!」

 何かが手と顔に触れる。耳とハートに声が聞こえる。「あなたは助かりました。強くあれ」目に光が差し込むが、見ることができない。涙の雨があふれ、これまでに見たすさまじい光景を洗い流すのだった。

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