睡蓮の牧歌

古代エジプトが舞台の物語。メイベル・コリンズの手による象徴的なお話です。

『睡蓮の牧歌』はどのようにして書かれたか

『睡蓮の牧歌』はメイベル・コリンズにより書かれましたが、書いた時の状況について著者は、『センサの物語』という題の解説の中で、次のように言っています。(以下、本文より一部抜粋)

 

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『睡蓮の牧歌』の中で不思議な、神秘的な技法で描かれたセンサの物語は、三つの話を含んでいる。三つの話は、三つの小葉を持つクローバーのように、それぞれが別個だが、本質そのものは切り離すことができずつながっている。それらは分けられないが別個のものと考えられ、一つ一つの物語が私たちの内部の人間性の最奥部に訴えかける、なにやら力強いものを含んでいる。『睡蓮の牧歌』をひとたび読み、その中に神秘的なベールの一部を見抜いたオカルティズムの学徒は、それから離れられないし忘れられない。それはその人自身の物語と関連があり、その人自身の魂の悲劇と最終的な神格化であり、故にその人自身の本質的な一部分だからである。

『睡蓮の牧歌』を私は評論家として、学徒として書いたのであり、決して著者として書いたのではない。というのも私はただ、神秘的な普遍的言語で語られたことを人間の言葉で紙の上に書き出しただけなのだ。その時、私の人格は南インドのオカルティストに「スワプナ」として知られている状態……英語であいまいに「夢遊病の透視力」と翻訳されている……だった。1878年、私は書きもの机でしょっちゅう執筆に没頭していた。その仕事部屋の窓からはクレオパトラの針(*1)が見えた。それは川を運ばれて来てエンバンクメント(*2)に立てられたのだった。その頃から、威厳あるエジプトの祭司たちの行列が私の部屋に入って来るようになった。行列は階段を上ってドアから入り、机の周りに立った。最初それはクレオパトラの針と関係のあるアストラル形体が出現したものだと思った。だがその不可思議な訪問は止むことなく、ついに大きな影響力となった。それらはもしアストラル形体だったとしたら、彼らの属する自我(エゴ)たちに活気づけられ、誘導されたのだったろうが、実はある古代エジプトの祭司たちの「カー」(*3)だったのだ。生前、霊的な生活を送った人のアストラル形体または「カー」は、注意深く加工保存され保護されれば、偉大な人の自我(エゴ)の大きな目的のために使われることが可能であることを、宗教的なエジプト人たちは理解していたということは、もちろん周知の事実である。その上、「カー」またはアストラル形体は物質次元の出来事に関する情報をデヴァチャンにいる自我(エゴ)に知らせる目的で存在するとされてきた。この物語を書いていた時に起こったことはそれだと思われる。時間になると自我(エゴ)はなすべきことをするためにやって来て、私自身の内的自我(エゴ)を目覚めさせ、私自身は離れたところからメッセージを受け取り、机上の紙にそれを書き留めた。その間、私の頭脳から思考の本質を引っぱってきた。したがって、物語は高次の意識からより低い意識に、寸分たがわずそのまま伝えられた。古代エジプト人の「カー」は神智学徒の言う「アストラル形体」であり、心霊主義者の降霊術の会で言う「亡霊(スプーク)」であり、いつの時代もすべての国で「幽霊(ゴースト)」と言われるものである。エジプト人たちはそれを、世俗的で啓蒙されていない、無知な、人の一番低い肉体的欲望を持ったものと考える。彼らは肉体の墓に物品を閉じ込めて保管し、それで死者に気晴らしや楽しみごとを与えて、死者がさまよい歩いたり、あまり望ましくない楽しみごとをまだ探し求めることを防いだ。彼らエジプト人は死者がアストラル界で崩壊するままにしておくのではなく、そこにとどめておくための、手の込んだ儀式をおこなった。それは次のことのために為された。つまり高い世界での自我(エゴ)は未来に、この世で召使いが必要かもしれず、それを探し求めてやって来るのだ。そういうことは時々起こると信じられていた。もちろん祭司たちの魔術とあの世(死後の生)に関する知識は、このような関係を築き上げ、何世紀にもわたって保つのに十分と考えられた。『睡蓮の牧歌』を書く以前に私の部屋に入って来て机の周りに立った祭司たちの姿は、他の人たちには見えなかった。「目覚めている時の透視力」(ジャーグラト)がないと知覚できないのだ。しかしそれでも彼らはまぎれもない幽霊(ゴースト)であり、死者の亡霊だった。でも『睡蓮の牧歌』を書く仕事を企てたのは偉大なアデプトの自我(エゴ)であることは間違いないのと同じように、その仕事が実際に始まったちょうどその時、つまり私がより高い意識に呼ばれて行った際には、これらの幽霊のそれぞれがその真の自我あるいは霊的形態でそこに住んでいたということは十分あり得る。

これらの祭司たちは本の中の登場人物として出てきた祭司たちとは違う。混同しないよう、このことをはっきり述べる必要がある。センサの物語を世にもたらした祭司たちは、偉大な霊的宗教(先史時代からの「白魔術」である)の代表者たちで、もう一度その役割を演じ、一定のやり方で人の進化を促進させようとしている。

 物語の中で祭司たちは魔術師のようなもので、「黒魔術」をおこなう。

 魔術(magic)という語はかつての古代イランの言語(Zend)に由来する、もともと霊的な威厳ある語であることは、覚えておくべきであろう。その語は単に、賢人つまりマギの力と実践を意味する。ウォルター・バッジ教授はこう言う(*a)。「その用語が適切な意味で使われるならばだが、エジプトにおいて魔術の信仰は神への信仰よりも古くからある」「エジプトの魔術は王朝時代以前そして有史以前からあり、エジプトの住人たちは次のように信じていた。つまり空気中や空に目に見えるものも見えないものも無数の存在たちが住んでおり、友好的にあるいは敵対的にこの世と死者の国と人間に縛りつけられていた」。彼は、他の国々で知られている魔術は古代エジプトの「白魔術」と「黒魔術」から抜き出されたものであると指摘し、さらにこう言う。「他の国々の信仰と宗教の体系がどのくらいの数、それらに影響を受けているか、正確には言えないが、多くの異教徒およびキリスト教の異端派のある概念や宗教的思想は、それらから直接、影響を受けているかもしれない」。

 それは、最高のものがどんなふうに私たちの中にあるかを示し、私たちの知る最善のものの、おおもとのルーツが先史時代の昔のエジプトに謎につつまれて存在するという、回顧録の輝かしい側面なのである。

 大きく、暗く、陰鬱な影が同じ太古の源に起因し、光と闇は絶えず戦った。それ以来ずっと、それは世界中のすべての人の本質となっている。

 ウォーリス・バッジ教授は言う。「『人生の二重の家』(the double house of life)という叢書の中の教えに精通した人にとって、未来は過去と同じくらいよくわかり、距離も時間もそれを知ることを妨げられることはなかった。生と死の神秘がその人に明らかにされた。――さて、もしこのように魔術的な能力を古代エジプトの教養ある人たちが持っていたということが本当なら、次のことに気づいても不思議ではない。つまり、最も堕落した信仰と迷信が、華麗な階級によって、古代エジプトの無学な人や労働者階級に広まったことをである。――このような人々が求めるので、魔術師そして後の時代の祭司は、主として感覚に強く働きかける野外劇(ページェント)や儀式が必要であることがわかった。――この魔術は妖術(ソーサリー)、悪霊学(デモノロジー)、呪術(ウィッチクラフト)などに堕落し、これらの仲間になった者は、悪魔の仲間、闇の勢力の下僕、〔黒魔術(ブラック・アート)〕の人とみなされた」。このような環境がセンサの物語の舞台である。その物語の中で、無知な新参者が善と悪の力の戦いに突入していくことは、なんて現実そのものなのだろう、と読み手は感じる。バラモンの神智学徒スバ・ラウは『睡蓮の牧歌』についてこう言っている。「エジプトの信仰と聖職者たちを正確に描写しているが、すでに彼らの宗教が純粋さを失いはじめ、平気で黒魔術を利己的かつ非道な目的に使って、けがれて堕落したタントラ的崇拝の宗教へと退廃し始めていた頃の物語である」

 (『The Story of Sensa:An Interpretation of The Idyll of The White Lotus』より)

 

*1 クレオパトラの針:古代エジプトオベリスク。ロンドン、パリ、ニューヨークに移された。

 

*2 エンバンクメント:ロンドン市内のテムズ川沿いにある。

 

*3 カー:「魂」「精神」など諸説ある。ミイラ作りと密接に関係していたらしい。

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