睡蓮の牧歌

古代エジプトが舞台の物語。メイベル・コリンズの手による象徴的なお話です。

第二部 1章

  ここは神殿の庭園。大きな木が深い影を落とす真下で、私は草の上に横になっている。疲れきっている。一晩中、至聖所の前で暗闇の霊のメッセージを祭司たちに話して聞かせていたのである。暖かい空気の中でウトウトし、不思議にも悲しみでいっぱいになって目覚める。私の若さはもう去ってしまったと感じる。まだ燃えるような情熱も味わったことのないままで。
  私の両脇には若い祭司たちがいる。一人が幅の広い葉っぱであおいでくれている。頭上の木から彼が取った葉っぱだ。もう一人は草についた手にもたれて、真剣に私を気づかっている。大きくて黒く、美しい彼の目は、優しい動物の目に似ている。しばしば私は彼の美しさに見とれた。横にいてくれるのがうれしい。
  「ほらご覧なさい、あなたさまは室内にいすぎるのですよ」彼は私が疲れきった目を見開いて顔を見つめるとそう言う。「あなたさまが唯一、生命を与えてくださる方だからといって、誰も神殿の儀式ぜめであなたを殺したくはないでしょう。街までご一緒して、神殿の空気と違ったことを体験しませんか?」
  「無理だ」と答える。

  「無理ですって?」と彼、マーレンが軽蔑するかのように言う。「私たちがここに監禁された囚人とお思いで?」
  「ここからうまく抜け出せたとしても、人々にばれるだろう。祭司は人々の中へ出て行かないものだから」
  「街の人々は私たちが誰なのかわからないでしょう」とマーレンは陽気に笑って言う。「アグマハドは自由をくださった。アグマハドは能力をくださった。行きましょう、よろしかったらーーさあ」
  二人は立ち上がり、私を立たせるために手を差し伸べる。だがもう私は弱っていない。はじかれたように立ち上がり、白い服を整える。そして「このローブを着ていくのか?」と問う。
  「ええ、ええ、ですが誰も私たちのことを知らないでしょう。物乞いとして行きましょう。または王子様の一行として。何のふりがいいですかね。アグマハドは能力をくださった。行きましょう!」
  冒険を期待して、彼らと同じくらい私はうれしいのだった。私たちは庭園を走って横切り、壁のところの狭い門にやって来る。マーレンがそれに触れる。押すとすぐに開く。私たちは神殿の外へ出る。
  連れの二人は行きながら笑い、しゃべっている。平原を横切り、私たちは街へと走る。私もまた走りながら、二人がしゃべるのを聞いている。だが何と言っているのか、ほとんどわからない。明らかに二人は街を知っている。私がその名称しか知らない、街を。確かに田舎者のはだしの少年だった私は母と共に街を通り抜けたのだったが。今は家々の中へ入り、偉大なお金持ちの人々と交流することになっている。そう思うと怖くなる。
  私たちは最もにぎやかな繁華街の一つへと急ぐ。美しい服を着た愉快そうな人々でごった返している。そして店という店はみんな宝石類しか売っていないようだ。それから大きな門構えをくぐって中庭へ入り、大理石の大広間へと進んで行く。そこは大きな噴水が勢いよくしぶきを上げていて、花咲く巨木が強い芳香を放っている。
  幅広い大理石の階段がこの大広間から外へと続いており、私たちはすぐに上り始める。一番上まで上りきると、マーレンが戸を開き、私たちは壁の全面に金色のタペストリーが掛けられた部屋へ入って行く。そこにはたくさんの人がいて宝石と服がきらびやかに私の目をくらませる。人々はテーブルを丸く囲んで座り、ぶどう酒を飲み、甘い菓子を食べている。おしゃべりと笑い声がガヤガヤと賑やかに部屋を埋め尽くし、香水の香りも満ちている。三人の大変美しい女性が立ち上がって、私たちを出迎える。私たち三人のそれぞれに一人がついて、手を取り隣へ座らせる。饗宴の時のようだ。私たちは笑って人々に混じり、ご馳走が全部食べ尽くされるまで座り通したみたいだ。香り高いぶどう酒を飲んだせいか、はたまた刺繍されたテーブルクロスの上で私の手に幾度となく美しい手が触れるという魔法のせいなのかわからないが、頭がフラフラしてきて妙な感じになり、一時間前だったら私の「理解したい」という望みが勝って退屈だったろうに、これまで知りもしなかったことをしゃべり、誰かの言ったことに笑っているのだった。
  私の隣に座った女性は、私の手を握りしめる。彼女を見る。彼女がもたれかかる。その顔は若さと美しさに輝く。華麗なドレスは横にいる私に、自分が子供であるかのように感じさせた。だがこうして今彼女を見ると若い。私自身より若いが、このように華麗な格好をしてまばゆいばかりの愛らしさであるので、子供時代にもさぞや魅力的な女性だったのだろう。その優しい目を見つめながら、彼女のことをよく知っているような気がしてきた。その魅力が見知ったものであり、よく知っていると感じることが魅力的だと感じることよりも強いのだった。彼女は多くのことを私に話したが、最初はほとんど理解できなかった。それどころか、まるで聞こえなかった。だが耳を傾けるにつれてしだいに理解できるようになった。彼女は言う。私がいないと恋しい、私を愛している、私以外のものにはすべて飽き飽きしている、と。「あなたが行ってしまったらまた戻って来るまで部屋の中は暗く、静まり返っているわ。晩餐会なんて何の楽しみもない。他の人たちは笑うけれど、その笑いは私の耳にはむせび泣きのように聞こえるんだものーー苦しみのむせび泣きに。それは私の代わりに泣いているの? 若くて丈夫で愛に満ちた私が、そのように悲しいはずがあって? いいえーーいいえ、わたしの泣き声ではないわ。ああ恋人よ、私の夫よ、二度とふたたび私を独りにしないで。そばにいて、そうすればこの愛の情熱があなたに天意を果たす強さを与えるから」
 私はサッと立ち上がり、彼女の手をギュッと握りしめる。
 「そうだとも」思わず大声で言う。「人生の栄光を顧みないなんて悪いことをした。告白するよ、私のものであるあなたの美しさは、心からぬぐい取られていたんだ。でも今はこうして自分の目であなたを見て、これほどの美を天にも地にも、他に見たことがあっただろうか」
 私が話していると急に、びっくりしたお客たちの中に動きが起こる。みごとな素早さで彼らはテーブルを離れ、いきなり部屋から出て行く。二人の若い祭司だけが残る。二人は私をじっと見ている。死んだみたいに深刻そうで、動揺しているようだ。二人ともゆっくりと立ち上がる。「神殿へお帰りにならないんですか?」とマーレンが言う。私はイライラする心を身ぶりで伝える。マーレンが聞く。「お忘れですか? 私たちが街の愚劣さを見て、それが土からなる人間の手により為されると知るために来たのを。おわかりでしょう、イニシエーションを受けた祭司は純潔を保たねばなりません。あなたさまはどうなのですか? 神殿の透視能力者よ。修練者にすぎない私でさえ、あえて自由に激しく恋い焦がれる心で魂を満たしたりしません。ああ、自由! 街の子に生まれていたなら、人生の意義を知っていたなら! でもそうする勇気がありません。まさしく私は修練者にほかならず、神殿に地位はなく、世の中に居場所はありません。あなたさまはどうでしょう、透視能力者よ? アグマハドにあなたさまのことをどうお伝えすればよいのですか?」
 私は答えない。だが横に座っていた彼女が立って、マーレンへと進み出る。彼女は首からジュエリーを外し、マーレンの手にのせる。
 「これをアグマハドに渡して。そうすればそれ以上何も聞かれないでしょう」

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