睡蓮の牧歌

古代エジプトが舞台の物語。メイベル・コリンズの手による象徴的なお話です。

11章

 目が覚めると昼の光が燦々と降り注いでいる。ぐっすりとよく眠ったものだ。花でいっぱいの私の部屋は、まるで庭園だ。目は喜んで花から花へとさまようが、すぐにある物体が照らし出され目線がくぎ付けになる。部屋の真ん中でひざまずく人の姿だ。一人の祭司が低く頭を下げている。私はそれが誰だかわかる。カーメン・バカだ。そばへ行く。そしてかすかな音で合図し、頭を上げさせ、こちらを向かせる。彼のそばに来る途中、私の横に本が開いて置いてあるのを見つけた。その本のページをじっと見る。その光る文字を見、無意識に声に出して読んでいる。ついに読み終えた時、それ以上は普通の言葉ではなくヒエログリフになっていて、読めなくなっていた。

 カーメン・バカは飛び上がるように立った。見ると顔全体が狂ったように喜びに燃えている。

 「あの者が、今日私の足に口づけするぞ」と彼は声高に言う。それから不思議そうに見ている私に言う。「全部読んでくれませんか?」

 「今わかるのはこれだけなんです」と答える。「残りの部分は知らない文字なのでわかりません」

 カーメンはすぐに部屋を出て行く。彼を異様に興奮させた言葉を見ようとあの本のページに目をやる。そこに書かれた言葉はもう理解できなくなっている――すべてヒエログリフに変わっている――。がっかりだ。自分で読んだ言葉がもう思い出せないとわかったからだ。この奇妙な出来事にとまどい、しだいに疲れてくる。そしてとうとう、不可解な本の開いたページに頭をのせ、また眠り込んでしまう。深い、夢のない眠りから、私は音にびっくりするまで目覚めなかった。気がつくと部屋に若い祭司が二人いる。ケーキとミルクを手にしていて、私に差し出すためひざまずく。私は怖かった。そうでなければ笑っていたろう。田舎から来た少年にこんなふうにひざまずいて傅くなんて。食べる間、彼らは立ち去る。だが長くは一人でなはかった。カーテンが引かれ中へ入って来た人を見て、飛び上がって笑ってしまう。庭師のセボウアだった。

 「どうしてここへ来られたの?」と尋ねる。「本当にもう二度と会えないと思ったよ」

 「アグマハドがあっしをここへ来させたんだ」と彼は言う。

 「アグマハドが!」驚いてそう言う。彼に近寄り、その腕を手で握ってみる。

 「そうとも、あっしは本物のあっしだ」と彼。「あっしの幻影なんて作れるわけない。おまえさんがあっしを見たら、それは本物だから信じるんだ」

 そのように彼は怒った口調でなげやりに言い、ほんの少しの間おびえるが、それもそう長くはない。醜い顔にあのちょっと変な微笑みが浮かぶ。

 「おまえさんは庭園へ来ることになった、あっしのもとにな」と彼は言い、黒くて大きい手を広げる。そこへ私の手を置く。そして一緒に部屋を出てすばやく空っぽの大きな部屋をいくつか通り過ぎ、神殿の長い廊下を進み、かつて初めてセボウアの顔を見たあの鉄の扉のある狭い入り口に着く。当時のように今も、庭園は向こうで輝き、緑と光と色彩のビジョンとして光る。

 「わあ! ここに戻って来られてうれしいな」と私は言う。

 「おまえさんは最初にここへ働きに来た。あっしと一緒にせっせと働くことになってたんだ」とセボウアは自慢げに言う。「今ではすべてが変わってしまった。おまえさんは遊んでいて、働かない。そしてあっしはおまえさんを小さな王子様みたいに扱うことになってる。いやはや! もうスポイルされちまったのかなァ、坊や? 水浴びしなさるか?」

 「だけど」と私。「どの池で? 僕、池の冷たくて深い水に飛び込んで泳ぎたいよ」

 「泳げるのか? 水が好きだって? よしおいで、本当に冷たくて深い池に連れて行ってあげよう。一緒に行こう!」

 セボウアは歩いて行く。私はついて行くため早足で歩く。歩きながらセボウアは何かぶつぶつ言っているが、聞き取れない。本当は聞いてなどいなかった。私はただこんな暑くてだるい朝に、冷たい池へ飛び込むのは素敵なことだと考えていたのだ。

 大きくて深い池に着く。どこか上の方から素早く水がポタッ、ポタッと滴り落ちて来る。

 「ほら池だ」とセボウア。「花はないから泳いでも損なう心配はないよ」

 暖かい日差しの中、池の縁に立ち、白いローブを脱ぎ捨てる。そして見回し、なんて素敵な太陽だろうと思う間もなく、一気に水中へ飛び込む。わあ! 冷たい! ほとんど息もつけぬほどの冷たさに驚く。でも私は泳ぎ出す。すぐに肌を刺すような水の爽快感がうれしくなる。この快い爽やかな水の中で強く、鋭く、そう感じる。ここには神殿の中のきつい香の香りや部屋の中に濃厚に香る花々に囲まれるけだるさはない。とても幸せだ。いつまでも太陽の光に包まれこの水の中にいたい。すぐに泳ぐのをやめ、ぼんやりと水面に浮かぶ。太陽の光に目を傷めないよう閉じる。

 その時、急に何かがとても異様に感じられ、息ができなくなる。でもそれは穏やかなので恐怖は感じない。それは口づけだった。目を開ける。横で水面に浮いているのは、私の女神、睡蓮の女神だった。おもわず口から歓声が漏れる。ただちに、最後に女神がいなくなって以来の喜びが心からあふれ出たのだ。私の女神、美しい友がそこにいるだけで全世界の他のものは無に等しくなる。

 「坊や、また私のところへ戻って来ましたね」と女神は言う。「でもすぐにまた私のもとを去ってしまうでしょう。あなたが私のことをすっかり忘れてしまったら。どうやって助ければいいのでしょう」

 恥ずかしくて返事できない。本当に忘れていたなんて、ほとんど信じられないが、それは事実だ。

 「あなたが浮かんでいるこの池は、天界の、我が花・睡蓮が住まう場所より水が流れて来ているのです。あなたが死ぬ時にはそこへ行くでしょうから、水の中に睡蓮の花たちは住んでいます。でもそこから滴る水は少ししかない花たちの命なのです。花々にはもう滴らないのです。蓮池へ飛び込むとあなたは鷲のように強くなり、生まれたばかりの若い生命のように情熱にあふれるでしょう。我が子よ、強くありなさい。あなたを誤らせる、へつらう者の言うことを聞いてはなりません。私が日の光の下におく者の言うことだけを信じなさい。幻に惑わされてはなりません。生きているものの命があなたを待っているのですから。知識と愛の清い花が喜んであなたに摘まれようとしているのです。自分たちのためだけを望む者たちに、ただの道具として使われるのですか? とんでもないこと! 知識を得て強くなりなさい。その上であなたは世界に光を与える者となるでしょう」

 この言葉は私が目覚めるのと同時に耳に囁かれるように感じた。言われたことを何度も何度も繰り返して、一語一語を正確に記憶した。しかしそれは私にとって漠然とし、意味をなさないものであった。最初に聞いた時は理解したように思えたが、今の私にとってそれは、お祭りの時に踊り手たちに説教師が教えを説くようなことだった。

 

*   *   *   *   *   *   *

 

 あの言葉が耳もとに囁かれた時、私はまだ子供だった――少年で無力だった。無知で幼すぎた。時がたち成長する間、睡蓮の女神から私の魂に呼びかける声は意味のわからぬまま、脳のはっきりしない部分でかすかに鳴り響いた。女神からの声は、祭司が幼い私に歌った歌のように、まるで音楽のように聞こえた。今もまだ忘れはしない。私の人生は霊も肉体も縛りつけておく者たちに明け渡された。重い足かせがまだ覚醒していない私の魂にはめられていた。体は神殿の支配者たちの指導にぼんやりと明け渡しながらも、大空の下に自由が存在することを、私は知っていた! しかし彼らに盲目的に従ったけれど、そして神聖さの汚された神殿の卑しい目的に私の強さと力のすべてを与えてしまったけれど、ハートの中では美しい女神の思い出をしっかりつかんでいた。そして心の中に、女神の言葉が消えぬ火の文字で書きつけられていたのであった。背丈が大人の大きさにまで伸びたけれど、内なる魂は弱々しくはっきりしていなかった。魂の中に女神の言葉は星のようにとどまり、私の不運な人生に不思議な光を投げかけた。そして私が精神的に大人になるにつれこのことに気づき、死や絶望に達するほどにまで極度に疲れ果て、世界のあらゆる美を自分から遮断したのだ。陽気な子供、幸福な太陽の光の子から、私は悲しい青年に成長した。大きな目に涙があふれそうな、悲しいハートの中にたくさんの秘密を隠している、恥辱と罪と悲哀を半分しか理解できない青年に。時おり、庭園を通って行く時、蓮池の静かな水面を見つめてあのビジョンをまた見られるよう祈った。だがそれは叶わなかった。子供時代の無垢さは失われ、人としての強さもまだ持っていなかった。

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