睡蓮の牧歌

古代エジプトが舞台の物語。メイベル・コリンズの手による象徴的なお話です。

2章

 「何の用だな?」と、その人は門扉越しに私たちを見ながら不平そうに尋ねる。「あっしは今朝、果物を調理場へ届けて貯蔵させたところだ。それに今日はあんたがたにくれてやる花はもうないよ。今日これから摘む分はぜんぶ明日の祈祷用だからな」

 「果物も花もいらないよ」人を見下げるような口調を好むと見られる導き手は、そう言う。「新弟子をここに連れて来たんだ。それだけさ」

 そして門扉の錠を開けて私に行けとうながすと、背後で閉め、それ以上何も言わずに長い廊下を歩き去る。庭園から振り返って見ると、廊下はとても暗い。

 「ここへ新弟子だと! あっしがおまえさんに何を教えたらいいんだ? なあ、田舎から来た子よ」私は黙ってその見知らぬ人を眺める。何を教えるかなんて私に言えようか。

 「植物の生長の神秘を学びたいか? それとも罪と嘘が成長する神秘をか? おい、ぼっちゃんよ、そんなにあっしを見るな。今言ったことをよーく考えるんだぞ、そうすりゃそのうちにわかるからな。さあ、ついておいで。怖がりなさんな」

 その人は私の手を取ると長い葉の植物の下をくぐって水音のする方へ連れて行く。何と耳に快い、優しく明るい音楽のリズムだろう!

 その人は言う。「ここは白い蓮の女神のお住まいだ。座ってその美しさを眺めていな。おまえさんが手伝えないことをあっしはやって来るんでね」

 私は喜んで腰を下ろし、深々とした緑の草の上で、ただ見る――驚きを、不思議を、畏敬を!

 優美な音のするその水は、花の女神を養うためだけにある。心の中で私は言う、御身はまことに考えられ限りのすべての花の女王です……睡蓮よ。

 若さの熱狂の中で夢を見るかのように、柔らかくて金をちりばめた芯を持つ、清らかさとロマンチックな愛の真のしるしであるこの白い花を見るにつれて、花は形を変え大きくなり、こちらへ伸びて来るかのように見える。そしてほら、女神がいる……色白で、金をちりばめたような髪の女神が身をかがめて、すがすがしい滴を唇に受け、美音をかなでる流れで水を飲んでいるのを。私は驚き、彼女を見、懸命にそっちへ行こうとするが、その前に意識が遠くなり、たぶん気を失ったに違いない。何とまあ次に意識が戻った時、私は草の上に横たわっており、顔にひんやりとした水の触感がある。目を開けると、黒い法衣を着た変な顔の庭師がのぞき込んでいる。

 「暑すぎたか?」困った顔で彼は尋ねる。「暑くて気を失うなんて、丈夫な子だな。この涼しい場所にもうちょっといな」

 「あの人はどこ?」ひじで起き上がって睡蓮の池を見ようとしながら、やっとのことでそう返事をする。

 「なんだって」顔つきをガラッと変えて庭師はそう叫び、温和そうに見えた外観が、その印象を裏切っておのずと見苦しい醜さを表す。「あのお方を見たんか?――いや、早まって考えすぎだな。ぼっちゃんや、何を見たんだ? 遠慮しないで言ってごらん」

 優しいその言葉に、驚いて散漫になった心が落ち着く。彼に見たことを話し、あの美しいお方がまた小川にかがんで渇きをいやしてないかと大いに期待しながら、また睡蓮の池のほうを見る。

 話すにつれて、奇妙な我が先生の様子はしだいに変わる。自分と同じような浅黒い肌の人間しか見たことがなかった少年の熱っぽさでその美しいお方を説明し終える時、ふと庭師が膝を隣りに並べて座っているのに気が付く。

 「おまえさん、女神を見たんだ!」ひどく興奮した声で庭師は言う。「万歳! おまえさんはあっしらの師匠となる運命の人だよ――人々の助けとなる人だよ――透視能力者だ!」

 彼のその言葉に当惑し、私はただ黙って彼を見る。一瞬の後、怖くなる。彼は気が狂っているに違いないと思い始める。彼のもとから逃げ出して神殿へ戻れるかしら、と思いながら周りを見回す。しかし、思い切ってそうしようかどうか思い巡らしたちょうどその時、彼は立ち上がりこちらへ向き直り、一回だけ優しく微笑み、強烈に目立つ醜い顔立ちをその微笑みで覆い隠す。

 「ついておいで」と彼は言う。立ち上がり、ついて行く。庭園の中を進んで行くと、そこはとても魅力にあふれていて、あちこちをキョロキョロ見回しながら彼の後ろをゆっくり歩いて行く。おや、こんなにも匂い立つ花が……。こんなにもさまざまな濃い紫色の花、中心が深い紅色の花が……。美しい花々の甘美な香りを胸に深く吸い込むために、立ち止まらずにはいられない。つい今しがた、白い蓮の花のこの上ない繊細な美しさに愛慕の情を感じたばかりなのに、今はもうこのさまざまの花を甘美に思っている。

 神殿の門へと向かう。庭園に来た時のとは別の門だ。そこへ近づくにつれて、金色のひげのアグマハド祭司が着ていたような白いリネンの法衣をまとった祭司が二人、門から出て来る。二人とも色が浅黒い。彼らはアグマハドに似た威厳と落ち着きを持って進んで来る。どちらも確かに地面にしっかり根を張った木のようだったが、何かが欠けているように思える。その何かはアグマハドが持っていた、ある種の自信と落ち着きである。彼らがアグマハドより若いのはすぐわかった。たぶんそこが違うのだろう。黒く日焼けした我が先生は、その二人に何か話すために向こうに呼び寄せ、残された私は高いアーチのある出入口の心地良い日陰に立っている。彼は興奮して、しかし見たところ崇敬の念をもって話している。その間二人は時々私のほうへすばやく好奇心の一瞥を向けながら聞いている。

ほどなく彼らはこちらへやって来る。黒い法衣の我が先生は、共に歩んで来た道へ戻って来たかのように草の上へ引き返して来る。白い法衣を着た二人の祭司は門の下を歩いて来つつ、互いに低い声でささやき合っている。着くと、ついて来るよう私に合図する。ついて行く。高屋根の涼しい回廊を通り抜けつつ、通り過ぎるものすべてをぼんやりと見る。それはいつものささいな癖だ。その間も前を行く二人の祭司は互いにささやき合い、時々こちらを横目で見る。なぜそうされるのかはわからない。

やがて回廊を抜け出て、大きな部屋へと入って行く。先ほどの老祭司が筆記者たちを教えていたあの部屋に似ている。中は刺繍を施したカーテンで仕切られている。荘重な折り目のカーテンで、高い天井から床まで下がっている。私は常に美しいものが好きだったから、そのカーテンが床に接した部分が豪華な金色の刺繍のおかげで堅く、そのため立っていられるさまに注目する。

 一方の祭司が進み出て、カーテンの脇に少し退きこう言う。

 「猊下、入ってもよろしいですか?」

 今またわずかに震え出す私。この人たちは私に対し不親切ではなかったのに、なぜもう厳しい試練の待ち受けていることがわかったのだろう。自然に起きたある種の恐怖の中で、美しいカーテンの向こうには誰が座っているのかしら、と思う。

 何に対してこんなにも長く震え、恐く感じるのだろう。カーテンの中へ入って行った祭司はすぐに戻って来る。彼について出て来たのは金色のひげのアグマハドである。

 アグマハドは、私以外の他の人たちに言う。

 「おまえたちはこの子と待っていなさい。私はカーメン・バカ祭司のところへ行って来よう」

 そう言い、再び私たちを大きな石の部屋に残して出て行く。

 恐れはまた三倍になって戻って来た。最初に会った時は祭司が堂々とこちらを見る中にも優しさが含まれていたため、恐怖心にそれほど屈しなかったが、今ふたたび、次にこの身にふりかかる事への漠然とした恐怖に私は突っ込んで行ったのだ。それについ先ほど気を失って倒れたことで私は弱くなっている。震えながら壁の方に置いてある石の長椅子にぐったり腰を下ろす。その間、濃い色の髪の祭司二人は互いに話し合っている。

 すぐに不安なことが押し寄せて私はまた気を失うのだろうと思ったが、アグマハドがもう一人別のたいへん高貴な姿の祭司を連れて戻って来たことで、私の境遇に起こるかもしれないことと、それへの疑念が突然また目覚める。

 その祭司は色白でブロンドの髪をしており、アグマハドのそれとそんなに違わない。姿を見せた時、威厳のある動かない外見が共通していた。その性質ゆえに先ほどはアグマハドが深い畏怖の物体のように思えたのだったが。そしてその黒い瞳には、他の祭司の表情には決してない慈悲心がある。彼を見て、恐怖心が薄らぐ。

 「この子だ」楽器が音を出すように冷たい声でアグマハドは言う。

 私は不思議に思う。なぜそんなふうに冷たく話すんだろう? 新参者とはいえ私はすでに先生に身をまかされたというのに。

 カーメン・バカが大きい声で言う。「兄弟たちよ、この子は透視家の白い衣を着るのが一番良かろう。沐浴させるがよい。湯浴みさせて聖油を塗るのだ。そうしてから私と、我が兄弟アグマハドが白い衣を着せよう。それから一人にして休息をとらせるのだ。その間、私たちは大祭司の面々にこのことを報告しよう。その子を沐浴させたらここへ連れて戻るように」

 若い祭司二人が私を部屋から連れ出す。彼らは祭司の階級で下位に属していることがわかってきた。さらに、今こうして彼らを見るに、その白い法衣には美しい金色の刺繍は施してなく、黒い線と縫い目で縁取りがしてあるのがわかる。

 とにかくこの疲れを癒す、よい香りの風呂に入るのは何と気持ち良いのだろう。まことの霊の苦痛をやわらげ、沈静させてくれたのだった。風呂から出ると、滑らかな香油を塗ってもらい、リネンのシーツにくるまれ、軽食が運ばれて来る――果物、油がたっぷりのケーキ、かぐわしい飲み物が、元気づけて丈夫にしてくれるように思われる。その後で再びあの二人の大祭司が待つ部屋へと連れて行かれる。

 二人の大祭司のほかにもう一人別の下位の祭司がいて、りっぱな純白のリネンの法衣を手に持っている。二人はその法衣を手に取る。他の人が私の体からシーツを取る。二人は一緒に法衣を私に着せる。それが終わると彼らは私の頭の上で手を組み、他の祭司たちはその場にひざまずく。

 それがどんな意味を持つことなのか、わからない。私はまたしても怖れ始める。しかし先ほど肉体に与えた茶菓が魂を大いに落ち着かせてきた。それ以上は儀式もなく、少し慣れて親しみを感じる二人の下位の祭司とともに再びそこを出る。私の霊は目覚め、足取りは軽くなる。

 二人に連れて行かれたのは小さな部屋で、リネンのシーツをかぶせた低い長椅子が置いてある。室内は他に何もない。目に、そして頭にしばらくの間、まさに何の興味もないままなのも無理はない。今朝神殿に入ってからというもの、どれほどのものを見たことだろう。門のところで握っていた母の手を放してからとても長い時間が過ぎたように感じる。

 一方の祭司が言う。「心安らかに眠りな。夜の一番涼しい時間帯に起こされるから、十分寝ておくんだ」

 そして私を残し、出て行く。

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