睡蓮の牧歌

古代エジプトが舞台の物語。メイベル・コリンズの手による象徴的なお話です。

7章

 翌日、起きて目を開けると、ベッドの周りを美しい方々の円陣が取り囲んでいた。彼らは厳かに私を眺めている。どの顔にも笑みは見られない。しかしその方々から伝わって来る無限の慈悲心を感じて力づけられる。起き上がり、寝台の横にひざまずいた。ある偉大な時が近づいているのを私は感じたからだ。

 その中の最も若く最も美しい人が円陣を離れ、近づいて来た。彼は私の傍らにひざまずき、私の手を握って、枕の横に置いてあった睡蓮のしおれた花を私に持たせた。

 見上げるとーー他の方々は消えてしまっていた。私は共にここにいる彼を見る。彼は黙っている。その目が私をじっと見つめる。何と若く美しい人だろう! 俗世は彼の霊に汚点を残さなかった。その汚れが私の霊には時代を経るうちにまた洗い清められるまではあるに違いないとわかっていた。この共にいる彼があまりに汚れなく清浄無垢で、私は畏敬の念を抱く。

こうして沈黙したままでいると、静かな声が耳に入って来た。

 横でひざまずいている彼が「まだ顔を上げてはなりません」と囁いたのだ。

 「夕暮れの双子の星よ、あなたは神殿の智慧をもたらし、輝いてエジプトの偉大さを冠に戴く預言者たちの長い列の最後の人です! 間もなく夜が来て、闇のとばりが下り、地上から美しい天界を隠すはずです。でも真理が我が人々、この世の無知な子供たちに残されるでしょう。そして燃える火、人々が幾時代も見て、いつまでも感嘆するであろう記録を、後に残して行くのはあなたです。あなたの人生の記録と、あなたが啓示を受けた真理は、他の人種、薄暗い地上の別の場所、光について聞いたことがあるだけで一度もそれを見たことのない人々に、伝わるでしょう。強くありなさい、あなたの仕事は偉大だからです。雪のように白い魂の我が子よ、あなたはかつては、増大する暗黒と一人で戦う強さを持っていませんでしたが、今この者にあなたの信仰心と清浄さを与えなさい。この、翼にこの世の汚れのしみがつき、来るべき戦いのために闇と接触して強さを増した者に。あなたの母なる女神のために最後まで戦いなさい。人々に偉大なる真理を語って聞かせなさい。人々に、堕落に溺れぬ限り魂は生き、神聖であることを伝えなさい。欲望から自分を自由にする人はみな、自由と平和があることを伝えなさい。私を見て、私の愛に安らぎを見いだすよう伝えなさい。どの人間の魂にも蓮の花があること、そしてそれは根が害されない限りは光に向かって大きく開くだろうということを伝えなさい。汚れなく生き、真理を探し求めるよう伝えなさい。私は彼らの中へ行き、歩むでしょう。そしてすべてが美しく、すべてが意義のある本当の地へと至る道を示すでしょう。私が我が子たちを愛していることを、そして彼らの家々に宿り、この世の炉辺にさえも、どんな繁栄より意義あるものをもたらすだろうことを伝えなさい。このことを、意味が取り違えられないよう、トランペットの合図のような声で伝えなさい。聞く人たちを守り、我が神殿をもう一度「真理の霊」の住まいにするのです。神殿は崩れ去るに違いありませんが、邪悪な状態で崩れ去るのではないでしょう。エジプトはきっと衰退しますが、無知のまま衰えるのではないでしょう。エジプトは、声を聞き忘れないでしょう。そしてその声が言ったことは幾時代も秘蔵されて受け継がれて行き、再び別の空の下で語られ、長い暗黒に終わりを告げる曙光の先触れとなるでしょう。強く、そして弱い我が最も若い仲間よ、準備しなさい! 戦闘がすぐそこに迫っています。引き下がりなさるな。あなたには一つの義務があります。人々に教えることです。叡智があなたの舌から消えてしまうことを恐れなさるな。「叡智」である私があなたの声で話すでしょう。私「叡智」は、あなたの側にいるでしょう。顔を上げなさい、我が子よ、そして力を集めなさい」

 私は顔を上げ、傍にひざまずくその人が手を堅く握ったのを感じた。彼は私に目の前のまばゆい光輝に対面する勇気を与えようとしているのだとわかった。

 女神が前に立っている。そして私は女神を、花が自らを養う太陽を見るかのごとく見た。隠してもいず、ベールで覆ってもいない、そのお方を。泣いていた少年の私をなぐさめてくれた汚れのない女性は、神として面前で私の魂に燃える火を輝かせ、それは死ぬことのように思われた。しかし私は生きている。見ている。知っている。

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6章

 目が覚めると、神殿内のかつての私室にいた。少年の時に初めて恐怖に襲われた頃、住んでいた部屋だ。

 私はとても疲れており、最初に感じたのは耐えられぬほどの疲労感だった。それは全身をしびれさせるほどであった。もうしばらく横になって、この不快感のことだけ考えていた。

 すると急に、きのうの出来事が記憶に蘇った。まるで太陽が昇るように。私はまたあの母なる女神に出会ったのだ。そして女神の保護下に戻してもらったのだ。

 苦痛も疲れも忘れて起き上がる。ちょうど夜明けで、高窓からかすかな薄明かりが、やさしく部屋に差し込んでいる。部屋は高価な織物や豪華な刺繍で光り輝いている。王子様の部屋のように見慣れぬ美しい物であふれている。その珍しい形と高窓のため、幼い頃に私を喜ばせるために花を庭のように飾られた、あの部屋と同じ場所であるとは、ほとんど思えない。

 室内の空気は重くてどんよりし、外の大気の中へ、朝の真新しい新鮮さの中へ行きたくなった。若い強さを取り戻し、生まれたてのようになることなど、とてもできぬほど疲れて外の空気を必要としていた。それにここの香を焚いた大気と、重々しい厚地のカーテンと、ぜいたくな品の重圧が私を圧迫するのだ。

 カーテンを開け、二度目に私の私室であった大きい部屋へ移動する。そこは空っぽで静かだった。大きい廊下もそうだった。私はそっと長い廊下を進み、庭園に向かって開く門扉のところへ着いた。近づきながら鉄格子の向こうに草のきらめきが見えた。ああ、美しい庭園! あの水の中を泳いだ、麗しい睡蓮の池よ!

 鉄の門扉は固く閉じられている。でも鉄格子を通して草や空や花が見える。私は細い隙間から、さわやかな空気を吸い込む。その時、セボウアが現れた。庭園の小道を歩いて来る。彼は私が立っている鉄の扉へとまっすぐにやって来た。

 「セボウア!」と私は叫ぶ。

 「ああ、おまえさん、ここにいたのか」と彼らしい無骨な物言いで彼は言う。「大人も子供もやることは同じなんだな。でもセボウアはもうおまえさんの友達じゃないんだ。あっしは失格になって、もう戻る気もない。おまえさんの子供の時に、あっしは二人のご主人を両方とも怒らせてしまったんだ。二人が許さんから、おまえさんの手をしっかりつかむことはできん。そうならそうせよ、だ。おまえさんは今や孤高の人なのだ」

 「扉を開けてくれない?」としか、私は言えなかった。

 「だめだ。もう二度と、永久に、おまえさんのためにここが開けられることはないんじゃないかな。でもそれが何だと言うんだ? おまえさんは神殿の寵児たる祭司、いとし子、大事な人だろう?」

 「いいや、違うよ。私はもう、そうじゃないんだ。もう、頭がおかしいと言われた。今日もそう言われるだろう」

 セボウアは哀れみの目で私を見る。「おまえさんは殺されるだろう!」と、慈悲と同情に満ちた低い声で言う。

 「そんなことできやしない」と私は微笑んで言う。「女神が守ってくださるだろう。女神がお望みになることをすべて話すまで、私は生きるよ。それが済めば、どうなろうと気にしないよ」

 セボウアは、黒い服の襞に隠しておいた手を出した。その手に睡蓮の花のつぼみを持っている。それは緑色の葉をベッドに横たわっているように見える。

 「これを持ってお行き。おまえさんのために持って来た。おまえさんにはこの花の話す言葉がわかるだろう。持ってお行き、そして行った先でこれが幸いをもたらしますように。馬鹿なあっしは、陳腐なあいさつは省略するが、使者となるにふさわしいんだよ。喜んで使いになるよ。これはおまえさんを喜ばせるだろう。おまえさんは聞いて話すことができ、学び教えることができるのだから」

 そう言うと彼は即座に立ち去った。そう言いながら彼は私に、狭い格子の隙間から花を押し付けていた。注意深く花を引き寄せる。今、私の手の中にある睡蓮の花。私は満ち足りて、他に何もいらないのだった。

 部屋へ戻り、花を持ったまま腰を下ろす。遠い昔、まだ子供だった時に同じことをした。同じこの寝台に腰かけ、睡蓮の花を持って、中心を見つめていた。あの繰り返しだ。あの頃、私には友であり導き手であるお方がいた。目に見えない慈悲の母とのきずながあった。今やっと、あの時持っていたきずなの価値がわかる。当時はわからなかった。あのきずなが簡単に私から奪われることがあり得ただろうか? とんでもない。

 今、睡蓮の言葉がわかる。あの時はそれ自身の美しさを保っておくためにどうしたらよいか、花は何も語らなかった。今、花が私の目を開かせ、見える。花が私の耳の覆いを取り、聞こえる。

 私は円陣に囲まれている。神殿で知らないうちに教えていた時と同じように、周りを取り巻かれている。それは祭司たちだった。かつて、ひざまずいて私を崇拝した人たちのように、白いローブを着ている。だがこの方々はひざまずいていない。立って、同情と愛の深いまなざしで私をじっと見下ろしている。何人かは年をとって威厳があり、強健でたくましい。何人かは若くてほっそりと痩せており、若々しい輝きが顔にあふれている。私は畏れ入って見回し、希望と喜びに震えた。

 それが何の同胞団か、教えられなくても私にはわかった。それは私の先達、至聖所の祭司、透視能力者、睡蓮の女神に選ばれた使徒の方々だ。彼らはそれぞれが後継者で、不活発な神殿に逆らって大きな岩から最初に至聖所が作られて以来、至聖所を保護し、その神聖さを保ち続けてきたのだと私にはわかった。

 「学びの用意はできているか?」一人が私にそう言う。忘れられた遠い昔から呼吸しているように思われるお方だ。

 「できています」と私は答える。そしてその不思議な、神聖な円陣の中央で、地にひざまずく。体はそれを感じるが、霊は高く舞い上がる感じがする。ひざまずいたが、私を取り囲む方々によって私の魂は上昇させられたのだとわかる。これからは彼らは私の兄たちなのだ。

 「そこにお座り」と彼は寝台を指差す。「座って君に話そう」

 私は立ち上がり、寝台へ移動する。気がつくと私とその方だけがいる。他の方々は私たちを残して去った。残ったお方は私のとなりに腰かけ、話し出す。彼は私のハートに、死に絶えた時代の英知を注ぎ込む。それはとこしえに生き長らえる英知であり、それを始めに伝授された弟子たちの人種は記憶にさえもう残っていないが、当時のままの新しさである。私のハートはこの太古の知識と真理の新鮮さに、生き生きとしてきた。

 その日一日中ずっと、彼は私のとなりに座って教えた。夜になると彼は手で私の額に触れ、去って行った。眠るため横になりながら、きのうからその師匠以外は誰にも会わなかったことと、何も食べていないことを思い出した。だがまだ学ぶことに飽き足らず、疲れきってもいない。傍に睡蓮の花を置き、すぐに眠りに陥る。

 目覚めた時、睡蓮の花に誰かが触れたような気がした。だが私しかいなかったし、花は無事だった。この部屋と隣の部屋を仕切る分厚いカーテンのそばに、テーブルがある。そのテーブルの上に食べ物が置いてある。ミルクとケーキだ。きのう丸一日、何も食べなかったので嬉しく思う。花を服の中にしまい、テーブルの上のミルクを飲み、ケーキを食べる。すると新たな力が湧いて来て、寝台に戻りきのう学んだことを沈思黙考しようという気になる。きのう学んだことが、栄光の果実となるはずの黄金の種であることを、私は知っているからだ。
 ところが、そのまま止まってしまう。ハートがゆっくりと私の中で重くなる。また私の周りを、美しい円陣が取り巻いていた。きのう教えを授けてくれたお方は、私を見て微笑むが、何も言わない。別の方が近づいて来て、私の手を取り、寝台へと連れて行かれる。再びそのお方と私だけが残される。

 孤独だ、だが孤独ではない。そしてもはやいかなる時も、孤独ではなくなったのだ。彼が私のハートと魂を手に取って、そのむき出しの有様を見せる。いかなる架空の神聖さにも弱められない、ハートと魂を。彼は私の過去を手に取って、その無知な、暗い、醜い不毛さを見せる。その過去も、あるいは豊かなものにできたかもしれなかった。今まで私は無意識のうちに生きてきたように思われる。今、再び私自身の人生を導かれ、そして澄んだ目でそれを見るよう命ぜられたのだった。通り抜けた部屋べやは、暗く、物悲しかった。その中でいくつかは、とても恐ろしい場所であった。今や私はカーメン・バカにかつて読み取ってあげた魔術に打ち勝った。他の人たちと同じように、私も欲望とそれを満たすことのために存在していた。そして快楽の喜び、美の喜びに浸り、酔った人のようになり、自分が何をしているか知らなかった。過去を思い出しながら、あの時はまったく意味がわからなかったセボウアの言葉がわかった。本当に私は神殿のいとし子だった。私の肉体が快楽に浸っていた時、そして飽満のおぼろげな眠りに沈黙させられた時、この唇と声とは闇の女王の意のままになったからである。

 闇の女王は私の肉体のエネルギーを通して自らの望みを知らしめ、己れの喜びのためにすべてを捧げた奴隷たちの貢献を得たのだった。闇の女王はその荒々しさと、人の魂の暗い洞窟の中を見抜く恐ろしい看破の力で、人々の要求を知り、私にしゃべらせることで彼らにどのようにして熱望していることを手に入れるかを示したのだ。

 座って、呼び起こされた記憶がヴィジョンとして目の前を通り過ぎて行く間、唖然として口もきけない私は、最初に私自身がまだほんの子供だった頃、恐怖や心配を楽しいことによってなだめられていたのを見る。私自身が神殿の内部で、その至聖所の最奥部で無力なまま道具として、ただの手段として、無慈悲にも弄ばれていたのを。それから後の私自身を見る。若々しく美しい若者で、祭りの船の甲板に無意識に倒れ、無意識に熱狂がこみ上げてきて、異様な言葉を言っているのを。それから後も、顔が青ざめて気力がなくなり、たとえ魂が肉体をそそのかし、あがくことで疲れさせ始めても、絶えず道具であることを望んでいるのを。そして今、私の魂が目覚め、己れの母、光の女神に触れて、もう二度と黙りこむことはないであろうと知る。

 夜が来て、師匠は私を置いて去った。他には誰も部屋に来なかった。早朝に食事をして以来、食べ物は何も運ばれて来ていない。この短く感じられる一日に見た、過去の恐ろしい光景のせいで、フラフラする。私は食べる物を探しに行こうと思った。向こうの大部屋に通じる入り口のアーチを覆う厚いカーテンを開ける。するとそこに扉があるーー大きくてがっしりとした扉がーーまるで地下牢の入り口を閉ざしているようだ。こうして私は拘束されていることに気がつき、衰弱と動揺からもとに戻った。食べる物は、与えられないことになっているのだ。アグマハドが私の霊の覚醒を知ったのだ。彼は私の中の霊を殺そうと決意し、彼の目的のために、ただの死んだ体を残そうとしているのだ。

 寝台に横たわり、しなだれている睡蓮のつぼみを唇にあて、眠りに落ちる。

 起きた時、一人の人が傍に立っていた。それが私の新たな師匠となることがわかった。美しい円陣に取り囲まれていることに気づくと同時に、その方の笑顔を見る。嬉しさに跳び上がる。彼から励まされるように見えたからだ。彼は隣りに来て座り、私の手を取る。

 それから私は、彼の微笑みは大いなる平和の光であると知る。彼はこの部屋で死んだーー真理のために。彼は私を兄弟と呼び、出しぬけにこの私の人生という薔薇の花がすっかり咲ききり、落ちて、永遠に他界したのだと気づく。私は純粋な霊の光の中、真理のために生きねばならなかったのだ。そしてどんな苦しみも私を怯ませず、彼の手が私の手に触れた瞬間から、苦しみは私を怖がらせることはできないとわかった。これまでは、苦痛がつねに私を恐怖で盲目にしたが、今はそれを直視し、怖がらずに力強い手でつかむことができる。歓喜の中、眠りに落ちる。目覚めているのか夢見ているのか、わからぬまま。だがわかるのは、この兄弟、遠い昔に肉体の生命が奪われた彼が、火的な魂の強さを私に注ぎ込み、私はそれを失うことはあり得ないということだ。

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5章

 もうここは至聖所ではない。顔に風を感じる。目を開ける。頭上に空があり、その濃く深遠な中に星が光る。私は倒れていた。強い疲労を感じる。だが何千人もの人々の声に起き上がる。叫ぶ声、歌う声が耳を打つ。何だろう?

 私は立つ。祭司たちの円の真ん中に私はいた。十人の高位の祭司たちが取り囲む円である。アグマハドが私の横に立っている。彼は私を見ている。私の目はその顔をじっと見て、そらせなくなった。冷酷な、無情な、魂のないその顔! 私はこの人を恐れていたのか? この外形を、この人間ではない存在を? もう怖くはない。私を取り囲んでいる祭司たちをぐるっと見回す。彼らの顔を読む。彼らは心を奪われ、自己の意識に満ちている。全員がそれぞれ、心から離れないある深い欲望、蛇のように心に抱く報酬への飢えにかみつかれ、喰われている。この人たちを恐れることはもうあり得ない。私は光を見たのだ。強くなったのだ。

 立ち上がる。澄んだ空の下で、川岸に群がる群衆を見回す。と同時に、奇妙な声が聞こえるのがわかった。人々は気が狂ったようになっている。ある者は酒に酔い、ある者は愛に飢え、ある者は完全に興奮して。いくつもの小舟が水面に寄り集まっている。人々はこの舟に乗り、崇拝する女神に供え物を捧げに来たのだ。今夜、彼らが見、聞き、感知した女神に。私が立っている祭りの船は、人々の放り投げる供え物で重くなっている。人々は粗末な舟、いかだの上に立って、我々のほうへそれらを投げ込む。金、銀、宝石、輝く石をちりばめた金の器。アグマハドはそれらを見、その口もとに笑みをのぞかせる。これらの財宝は神殿のものとなるだろうが、アグマハド自身はまるっきり異なる宝石を欲し、それのために働いているのだ。私の魂は突然、無意識に話し出した。もうこれ以上、黙って見ていられなくなったのだ。私は大きな声で話し、人々によく聞くよう言い、その途端、群衆に静寂さが広がった。

 「お聞きなさい、ここにいる女神の崇拝者たちよ。どんな女神を崇拝しているのですか? あなたがたの心に、女神は何とささやいたのか、教えてくれませんか? 心の中を見、もし女神が猛烈な情欲の熱であなたがたを焼き焦がしたなら、それはまことの神ではないと知りなさい! 智慧により守ってくれる真理が、その神にはないからです。お聞きなさい、至聖所で私がこれまで聞いてきた言葉を、そして母なる女神、光の霊からささやかれた言葉を、あなたがたに話しましょう。平和を見つけることができるのは、徳の中、真実の思想の中、真実の行ないの中にだけです。この闇の組織が、真実の女神を取り巻くのにふさわしいでしょうか? 闇の女神の崇拝者たちよ、この戸外の空の下で、酒と激情に酔うのですか? あなたがたはその口で不敬虔な荒々しい言葉を言い、熱狂の歌を歌い、その心に恥ずかしい思いを抱き、すぐに行為へと大胆に飛び込んで行くのですか? いけません! ひざまずき、両手を天に上げ、情け深い霊に問いなさい。我々の智慧の女神に。広い愛の翼をあなたがたの上に広げて覆い、恥知らずなあなたがたを許し、新たな努力をするよう助けてくれる女神に。私の言葉をお聞きなさい。私はその女神に祈るでしょう。輝きを放つ女神を見るために。私の言葉を女神はきっとお聞きになる。女神はたとえあなたが罪を犯そうとも、あなたを愛してくださるのですーー」

 突然、音楽が鳴り出し、何人もの力強い歌声が私の声をかき消す。急に祭司たちが朗々と聖歌を歌い出したのだ。人々は私の言ったことに動揺し、皆ひざまずいていた。今、音楽に酔いしれて、人々は熱烈に聖歌を歌い、その声は荘重な調べとなって空へ上って行く。強い甘い匂いが鼻孔から入り込む。私はその匂いを嫌悪して身をそむけるが、すでに効き目があり、意識が遠くなってゆく。

 「我を忘れているな」とカーメン・バカが言う。

 「頭がおかしいのだ」と別の声が言うーーとても冷たく、とても怒っている声。誰が言っているのかわからないが、それを言ったのはアグマハドであることを私は知っている。

 新しい不思議な勇気で恐れを知らない私は、懸命に彼に返答しようとする。だがもう知覚を麻痺させる香の匂いが効いている。眠っている時のように口がきけない。頭は重くなる。数秒後、眠りに落ちる。

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4章

 川の両岸に大群衆が、はっきりと見える。彼らにわからない光が降り注いでいるからだ。それは彼らの見ている星明かりとは違う、天国からではない私の目から生じた光の明るさなのだ。私には彼らの心が見えるーー体ではなく、彼ら自身が見える。私の従者たちがそこにいるのがわかる。私の魂は高く昇り、この群衆のほぼ全員が私に仕えようとしているのを知る。従者たちは尊いわが軍隊だ。義務ではなく願望により従うだろう。

 それぞれのハートに、渇望が見える。私がそれを満足させることができるのはわかっている。この長い一瞬に見続け、それから選んだ従者たちを離れる。彼らに川岸へ引っ張って行くよう指示する。もう彼らの鈍い目に私が見えるように心を集中させていない今は、選んだ別の人たちに話しかけ、触れることができる。若い祭司の力強い生命は、あまりにも私がそれを早く使い切ってしまわない限りは、しばらくの間、肉体の力のランプを燃やすのに十分である。

 私は川岸を急ぎ人々に交わり、それぞれの耳にその人の秘密をささやくーーと言うよりも、口にせず思っているだけの願い事を、いかにして手に入れるかをささやく。どの男性も女性も、強い願望を持っている。もしそれを聴罪の祭司にさえ告白したなら、永遠に恥辱を持つであろうことだ。しかし私はそれを知って、恥ずかしがることはないとし、いかに少しの意志の力で、いかにわずかな知識だけで、自己の欲望を満足させることへの第一歩を踏み出せるかを示す。すべての人だかりの中を、あちらこちらに行き、熱狂し情熱に駆られる群衆を次々と後にする。ついに私の出現が引き起こした興奮状態は、もはや抑えられなくなった。人々から一斉に激しい歌がわき起こり、その歌が私の血をゾクゾクさせ、燃え立たせる。他の空の下で、この歌を私は聴かなかっただろうか。あらゆる民族の声と言葉で歌われるこの歌を。死に絶え、忘れ去られた諸国民の、熱望の歌を。まだ居住の地のない民族から、聴かないことがあろうか。これは私の歌だ! 私に命を与える歌だ! 人の心の中で無言で語られるその歌は、暗黙の情熱、自我の隠された熱狂なのだ。群衆の喉もとから発せられる時、恥じらいは消え去り、隠し立てもなくなる。それから激情の発語はオルガンの響きとなり、信奉者たちの喜びの叫び声となる。

 すべきことは済んだ。山火事のように燃え上がる大火を、私は放ったのだ。私を待つ祭りの船に戻る。選ばれたしもべである神殿の高位の祭司たちは、動かずにそこに立ち、私の戻って来るのを待っていた。ああ、愛欲の偉人、情欲の王、欲望の君主たちよ!

 そしてあの若い祭司はーーまだそこにいるだろうか? まだ死んだままだろうか? そう、彼はじっと動かぬまま、青ざめて、高位の祭司たちの輪の真ん中で、独り中央に立つアグマハドの足もとに倒れている。

 この考えが浮かんだ時、急に不思議な方法で、私自身が潜水していた情欲の大海から自分を引き離したように思われた。再び自分がわかる私に戻ったーー私は黒の女神ではなく、黒の女神に染み込まれ、その自我に包み込まれて、うまいこと使われていたにすぎない。今や再び黒の女神から離れた。だが祭りの船の甲板に、死んだように横たわっている青白い顔の姿に戻らなかった。私は神殿にいる。闇の中。至聖所にいることがわかっている。

 闇の中、光が差す。見ると、ほら! 洞窟の中は光でいっぱいだ。そして光の中に、白い蓮の女神が立っている。

 私は至聖所内の洞窟の入口に立っている。白い女神がそばにいる。その輝く目の中に私が映っている。逃げ出そうとするーー背を向け逃げようとするが、できない。震えが来る。恐怖や不安でさえ私をこれほど震え上がらせたことは、かつてなかった。

 白い蓮の女神は無言で立ち、目は私に向けられている。その目に大きな怒りが表れている。かつては私の優しい友だった、優しい母のように愛に満ちていた白の女神が、今私の前に威厳とともに立ち、私は自分が人間の知ることすべての中で最もひどいことで彼女を怒らせたことがわかるのだった。

 「このようなことをするために、あなたは生まれて来たのですか? ああセンサ! 神々の最愛の者よ。このようなことをするために、あなたの目は見え、感覚は明白に感知できるのですか? そうではないことは、わかっているでしょう。その見る目と素早い感覚は最後に持ち主に仕え、あなたが何に、そして誰に奉仕しているのかを示しました。ずっと彼女に奉仕するつもりですか? あなたはもう成人なのです、選びなさい! 低い下層へと落ちて永遠の奴隷となるのですか? それなら行ってしまうがいい! 私は至聖所を浄化するために来ました。もうこれ以上は我慢できません。至聖所は静まり返るでしょう。そして人々はどの神の存在も知らなくなるでしょう。偽りの口に嘘をつかれ、暗黒に誘惑されるよりはむしろそのほうがいいのです。お行き! もうここへは誰も入れません。私は扉を閉ざします! 至聖所の中は音がなくなり、声は消えます。私は一人、黙って座っていましょう。そうです、幾時代にもわたり私はここに無言で住まうでしょう、そして人々は私が死んだと言うでしょう。そうなればいい! 時が来れば再び私の子供たちの時代になるでしょう。そして暗黒は打ち破られるでしょう。ああ、選ばれしそなた!落ちて行けばいい! あなたの身分は失われたのです。出てお行き!」

 白の女神は手を上げるしぐさで私に出て行くよう命じる。女王たる女神の威厳に、従うほかない。うなだれて、外側の扉へと悲しみの一歩一歩を進める。だが出て行こうとすると扉が開かない。私は出て行くことができず、ここからどこへも行かれないのだ。ハートは悲観にくれて、私を引き止めた。ひざまずき、もがき苦しんで叫ぶ。「母よ、母なる女神よ!」

 厳粛な沈黙の中、一瞬の時間は過ぎ、私は何を待っているのかわからずに待つ。我が魂は飢え、絶望している。すさまじい記憶が闇と静けさの中、浮かび来る。過去の喜びだけでなく、行為が見える。それらの行為を私が盲目的に行なったのが見える。ワインで愚鈍になった人のように、我が魂を麻痺させられるがままになって。そして茫然と与えられた仕事をし、そのことを考えもせず、見返りも喜びもなかった。私はあの黒い魂、今や私にも誰だったかわかる闇の女神の代弁者となり、神託を告げる媒体となっていたのだ。過去がとても恐ろしく、ありありと浮かんで来て、激しく私を責め立てるので、またも暗闇の中を叫ぶ。「母よ、助けてください!」

 何かが手と顔に触れる。耳とハートに声が聞こえる。「あなたは助かりました。強くあれ」目に光が差し込むが、見ることができない。涙の雨があふれ、これまでに見たすさまじい光景を洗い流すのだった。

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3章

 船が滑るように川を下っていると、急に深い沈黙を破って歌が聞こえる。船をこぐ祭司たちが歌っているのだ。すべての船から聖歌を歌う声がする。そして薄暗い中でも大きな動きが見える。人々がひざまずいたのだ。だが人々は黙っている。彼らは祭司たちの歌う声が空中に響き渡る間、香の匂いを嗅ぎ、歌を聴いている。

 歌がやむと、何ものも破らぬ沈黙の時間が数分続く。人々は動かず、ひざまずいたまま黙っている。そして急に、地にひれ伏す。群衆のため息が、深い畏怖のため息が、聞こえる。祭司たちが突如、こう叫んだからだ。それは勝利の旋律の叫びで、はっきりと強く言われた。

 「女神は我々とともにおられる! 女神は我々の間におられる! 人々よ、平伏して拝むがよい!」

 この時、私とアグマハド祭司との間に立っているあの姿がこちらを向き、私に微笑みかける。

 女神が言う。「さあ、私が選んだしもべよ。そなたに奉仕してもらわねばなりません。あらかじめ言っておくので、そなたはためらわずにすむでしょう。怖がりなさるな。後で再び、今の二倍のなぐさめを得よう。さあ、手をお出し。私の額に口づけしなさい。怖がらず、動かず、叫んだりしてはなりません。たとえどんなに気分が悪くなろうと、どんなに震えが来ようとも、です。そなたの命は私のものになるでしょう。わたしがそなたから、それを引き抜くのです。でもまた戻しましょう。貴いことではないか? 恐れてはなりません」

 私はためらわずに、しかし考えられないような恐れを持って従う。私自身が女神の奴隷となるのはわかったが、女神の意志に抵抗はできない。冷たいその手が私の手をぎゅっと握り、すぐに柔らかい手ではなくなり、鋼鉄の鋲となって、冷酷にしっかりつかまれるように思われる。無力な感じに駆られ、私は思いきってそのギラギラ光る目を見る。そばへ引き寄せられる。自分を解放するために私は死を望んだが、誰かの手助けを望めない。唇を女神の額に当てる。ランプと船から気体がゆらゆら立ちのぼり、頭の中が異様な眠さでたまらなくなって、どんよりと重い。でも今、唇が女神の額に触れたが、冷たいか熱いかわからない。私は喜びに気がふれて、陽気に狂乱し、嬉しさにほとんど正気でなくなった。もう私が私ではなくなったのがわかった。私のものではない感情の海の波に揺さぶられ、支配されている。感情の波は私に押し寄せ、その急な襲来が私の人格を完全に洗い流してしまったようだ。そしてもう永遠にこのままのように思われる。しかし私はまだ意識を失っていない。私の意識は刻々と発展し、より強烈になり、より覚醒した。それから不思議な一瞬のうちに、人格我を失ったことを忘れた。頭の中で、ハートの中で、私を完全に統治している存在の本質の中で、私は生きているとわかった。激しい泣き叫びの声が、人々からわき起こる合図で即座に静まる。彼らは女神を見たのだ。私は足元に、若い祭司の死んだように見える姿が倒れているのを見ている。白い服を着て、それには金色の刺繍がしてある。一瞬、躊躇する。力強い喜びの中で思う。この人は死んだのだろうか?

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『睡蓮の牧歌』はどのようにして書かれたか

『睡蓮の牧歌』はメイベル・コリンズにより書かれましたが、書いた時の状況について著者は、『センサの物語』という題の解説の中で、次のように言っています。(以下、本文より一部抜粋)

 

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『睡蓮の牧歌』の中で不思議な、神秘的な技法で描かれたセンサの物語は、三つの話を含んでいる。三つの話は、三つの小葉を持つクローバーのように、それぞれが別個だが、本質そのものは切り離すことができずつながっている。それらは分けられないが別個のものと考えられ、一つ一つの物語が私たちの内部の人間性の最奥部に訴えかける、なにやら力強いものを含んでいる。『睡蓮の牧歌』をひとたび読み、その中に神秘的なベールの一部を見抜いたオカルティズムの学徒は、それから離れられないし忘れられない。それはその人自身の物語と関連があり、その人自身の魂の悲劇と最終的な神格化であり、故にその人自身の本質的な一部分だからである。

『睡蓮の牧歌』を私は評論家として、学徒として書いたのであり、決して著者として書いたのではない。というのも私はただ、神秘的な普遍的言語で語られたことを人間の言葉で紙の上に書き出しただけなのだ。その時、私の人格は南インドのオカルティストに「スワプナ」として知られている状態……英語であいまいに「夢遊病の透視力」と翻訳されている……だった。1878年、私は書きもの机でしょっちゅう執筆に没頭していた。その仕事部屋の窓からはクレオパトラの針(*1)が見えた。それは川を運ばれて来てエンバンクメント(*2)に立てられたのだった。その頃から、威厳あるエジプトの祭司たちの行列が私の部屋に入って来るようになった。行列は階段を上ってドアから入り、机の周りに立った。最初それはクレオパトラの針と関係のあるアストラル形体が出現したものだと思った。だがその不可思議な訪問は止むことなく、ついに大きな影響力となった。それらはもしアストラル形体だったとしたら、彼らの属する自我(エゴ)たちに活気づけられ、誘導されたのだったろうが、実はある古代エジプトの祭司たちの「カー」(*3)だったのだ。生前、霊的な生活を送った人のアストラル形体または「カー」は、注意深く加工保存され保護されれば、偉大な人の自我(エゴ)の大きな目的のために使われることが可能であることを、宗教的なエジプト人たちは理解していたということは、もちろん周知の事実である。その上、「カー」またはアストラル形体は物質次元の出来事に関する情報をデヴァチャンにいる自我(エゴ)に知らせる目的で存在するとされてきた。この物語を書いていた時に起こったことはそれだと思われる。時間になると自我(エゴ)はなすべきことをするためにやって来て、私自身の内的自我(エゴ)を目覚めさせ、私自身は離れたところからメッセージを受け取り、机上の紙にそれを書き留めた。その間、私の頭脳から思考の本質を引っぱってきた。したがって、物語は高次の意識からより低い意識に、寸分たがわずそのまま伝えられた。古代エジプト人の「カー」は神智学徒の言う「アストラル形体」であり、心霊主義者の降霊術の会で言う「亡霊(スプーク)」であり、いつの時代もすべての国で「幽霊(ゴースト)」と言われるものである。エジプト人たちはそれを、世俗的で啓蒙されていない、無知な、人の一番低い肉体的欲望を持ったものと考える。彼らは肉体の墓に物品を閉じ込めて保管し、それで死者に気晴らしや楽しみごとを与えて、死者がさまよい歩いたり、あまり望ましくない楽しみごとをまだ探し求めることを防いだ。彼らエジプト人は死者がアストラル界で崩壊するままにしておくのではなく、そこにとどめておくための、手の込んだ儀式をおこなった。それは次のことのために為された。つまり高い世界での自我(エゴ)は未来に、この世で召使いが必要かもしれず、それを探し求めてやって来るのだ。そういうことは時々起こると信じられていた。もちろん祭司たちの魔術とあの世(死後の生)に関する知識は、このような関係を築き上げ、何世紀にもわたって保つのに十分と考えられた。『睡蓮の牧歌』を書く以前に私の部屋に入って来て机の周りに立った祭司たちの姿は、他の人たちには見えなかった。「目覚めている時の透視力」(ジャーグラト)がないと知覚できないのだ。しかしそれでも彼らはまぎれもない幽霊(ゴースト)であり、死者の亡霊だった。でも『睡蓮の牧歌』を書く仕事を企てたのは偉大なアデプトの自我(エゴ)であることは間違いないのと同じように、その仕事が実際に始まったちょうどその時、つまり私がより高い意識に呼ばれて行った際には、これらの幽霊のそれぞれがその真の自我あるいは霊的形態でそこに住んでいたということは十分あり得る。

これらの祭司たちは本の中の登場人物として出てきた祭司たちとは違う。混同しないよう、このことをはっきり述べる必要がある。センサの物語を世にもたらした祭司たちは、偉大な霊的宗教(先史時代からの「白魔術」である)の代表者たちで、もう一度その役割を演じ、一定のやり方で人の進化を促進させようとしている。

 物語の中で祭司たちは魔術師のようなもので、「黒魔術」をおこなう。

 魔術(magic)という語はかつての古代イランの言語(Zend)に由来する、もともと霊的な威厳ある語であることは、覚えておくべきであろう。その語は単に、賢人つまりマギの力と実践を意味する。ウォルター・バッジ教授はこう言う(*a)。「その用語が適切な意味で使われるならばだが、エジプトにおいて魔術の信仰は神への信仰よりも古くからある」「エジプトの魔術は王朝時代以前そして有史以前からあり、エジプトの住人たちは次のように信じていた。つまり空気中や空に目に見えるものも見えないものも無数の存在たちが住んでおり、友好的にあるいは敵対的にこの世と死者の国と人間に縛りつけられていた」。彼は、他の国々で知られている魔術は古代エジプトの「白魔術」と「黒魔術」から抜き出されたものであると指摘し、さらにこう言う。「他の国々の信仰と宗教の体系がどのくらいの数、それらに影響を受けているか、正確には言えないが、多くの異教徒およびキリスト教の異端派のある概念や宗教的思想は、それらから直接、影響を受けているかもしれない」。

 それは、最高のものがどんなふうに私たちの中にあるかを示し、私たちの知る最善のものの、おおもとのルーツが先史時代の昔のエジプトに謎につつまれて存在するという、回顧録の輝かしい側面なのである。

 大きく、暗く、陰鬱な影が同じ太古の源に起因し、光と闇は絶えず戦った。それ以来ずっと、それは世界中のすべての人の本質となっている。

 ウォーリス・バッジ教授は言う。「『人生の二重の家』(the double house of life)という叢書の中の教えに精通した人にとって、未来は過去と同じくらいよくわかり、距離も時間もそれを知ることを妨げられることはなかった。生と死の神秘がその人に明らかにされた。――さて、もしこのように魔術的な能力を古代エジプトの教養ある人たちが持っていたということが本当なら、次のことに気づいても不思議ではない。つまり、最も堕落した信仰と迷信が、華麗な階級によって、古代エジプトの無学な人や労働者階級に広まったことをである。――このような人々が求めるので、魔術師そして後の時代の祭司は、主として感覚に強く働きかける野外劇(ページェント)や儀式が必要であることがわかった。――この魔術は妖術(ソーサリー)、悪霊学(デモノロジー)、呪術(ウィッチクラフト)などに堕落し、これらの仲間になった者は、悪魔の仲間、闇の勢力の下僕、〔黒魔術(ブラック・アート)〕の人とみなされた」。このような環境がセンサの物語の舞台である。その物語の中で、無知な新参者が善と悪の力の戦いに突入していくことは、なんて現実そのものなのだろう、と読み手は感じる。バラモンの神智学徒スバ・ラウは『睡蓮の牧歌』についてこう言っている。「エジプトの信仰と聖職者たちを正確に描写しているが、すでに彼らの宗教が純粋さを失いはじめ、平気で黒魔術を利己的かつ非道な目的に使って、けがれて堕落したタントラ的崇拝の宗教へと退廃し始めていた頃の物語である」

 (『The Story of Sensa:An Interpretation of The Idyll of The White Lotus』より)

 

*1 クレオパトラの針:古代エジプトオベリスク。ロンドン、パリ、ニューヨークに移された。

 

*2 エンバンクメント:ロンドン市内のテムズ川沿いにある。

 

*3 カー:「魂」「精神」など諸説ある。ミイラ作りと密接に関係していたらしい。

2章

 この時から、私の人生の過ぎた日々ほどには正確に説明できない時を過ごすこととなる。それは私の経験した、感情に似たものに曇らされ、ベールで覆われたぼんやりとした時間だった。さらにそれらの感情は一つに合わさり、全く同一のものとなった。日々、快楽に耽溺した。私の美しい同居人が毎時間、より美しくなったように思われ、驚嘆して彼女の顔を見つめるのだった。彼女は大邸宅の部屋べやを通って私を連れ出し、私はそれらの豪華さを見るためにとどまることができなかった。行く部屋行く部屋がつねに、もっと豪華に見えたので、眺めたかったのだが。彼女とともに庭をブラついた。そこには馨しい花が、他所では見たこともないほどたくさん生えていた。庭の向こうは草原になっており、背の低いドジョウツナギが生え、花をたくさんつけている。小川に睡蓮が花開いている。小川は野原を通って流れ行く。夕方になるとここに街の娘たちがやって来て、水を汲んで行く者あり、流れで水浴びをする者あり、その後に川のほとりに腰かけて夜が半分過ぎるまでおしゃべりしたり笑ったり歌ったりしていた。娘たちのきらめく姿とかわいらしい声が夕暮れ時を二倍に美しくし、星空の下、私はそこに長居したものだったし、その最も美しい娘たち全員の恋人である夜明けが来て、恋人たちに愛の言葉をただ囁くしかできないでいる時間まで、そこにいたものだった。そして彼女たちが低い声で歌いながら私を置いて帰って行くと、私も自分自身の最も美しいあの人と一緒に家へ帰るのだった……私たちが住む街の真ん中の、でも街から隔たった邸宅へ。街の中で、この家の中ほど幸せだった場所はないのだから。

 こうしてどれくらいの日々が過ぎたのかわからない。わかるのはただ、ある日部屋で横たわり、とても美しい彼女は頭を私の腕に横たえ、低いきれいな声で歌っていたが、にわかに歌をやめ、じっとしたまま青ざめて黙り込んだということだ。静寂の中、ゆっくりと穏やかな足音が外の階段を上がって来るのが聞こえる。ドアは開き、そこに高位の祭司アグマハドが動かず立っている。

 彼は怖い目で私を一瞬だけじっと見る。まるで宝石のように冷たい目。彼の顔に微笑みが浮かぶ。私はおそれおののき、震える。

 「来たまえ」と彼は言う。

 ためらいもせず起き上がる。従わなければならないと知っていたのだ。私は振り返らない。素早く動く音とすすり泣きが聞こえ、振り返る。でも美しい彼女は、去ってしまっていた。この部屋での予期せぬ状況の前に、逃げてしまったのだろうか? わたしは会うためにそこにとどまることも、彼女をなぐさめに行くこともできない。アグマハドに従わなければならないとわかっている。まるで彼が私の師であると感じたことは、それまでなかったように思われる。ドアから外へ出ようとすると、戸口の向こうに蛇がいて、私に向かって頭をもたげている。恐怖の声をあげて後ろへ跳びのく。

 アグマハドは微笑む。「怖がるな。この蛇は女神のお気に入りだ。女神に選ばれたしもべには危害を加えぬ。さあ来られよ!」

 この命令に私は従わなければならないと感じる。あえて従わないでいることはできない。目をそむけつつ蛇の横を通る。階段のところまで来ると、それがシューシューという怒りの音をたてるのが聞こえる。

 アグマハドは庭園を通って向こうの草原へと進んで行く。夕暮れで、もう空に星が光っている。川のそばに集団で腰を下ろした娘たちの目も輝いている。だがいつものように彼女たちは歌っていない。川の中に小舟があり、二人の漕ぎ手が乗っている。その二人があの時私とこの街へ来た若い祭司たちであることがわかった。二人は目を伏せ、私が近付いても目を上げようとさえしない。少女たちを通り過ぎながら、私にはわかった。彼女たちはその二人の祭司を以前からの陽気な仲間とみなしているのだ。彼女たちは二人がこんな服を着て、いつもと違った態度でいることにびっくりし、不思議な気持ちでいっぱいのようだ。

 アグマハドは舟に乗り込む。私は後に続く。それから私たちは静かに舟を漕ぎ、神殿へと向かう。

 これまで私は一度も、水路からの神殿の入り口を見たことがなかった。かつて母とこの街へ来た時に、この入り口は昔はよく使われていたけれど、もう祭りの時のために取っておかれているのみだ、と聞いたので、今そこから入って行くのは驚きである。でももっと驚くことに、神殿の敷地内は花を飾った舟で埋めつくされ、目を伏せて座る白い服の祭司たちで占められているのが見える。すぐに今日が祭りの日だと気づく。

 この神殿! ここに百年間住んでいたような気がする。アグマハドその人は、馴染みがなくよく知らない感じがする。私は本当にとても年をとったのだろうか? わからない。顔を映して見る鏡もないし、尋ねる友もいない。わかるのは、冒険を強く望んで神殿の庭園から逃げ出した若い頃と比べて、今の私は成人だということだ。そして、私の成人らしさは栄誉ではなく恥辱とともに達せられたとわかっている。私は奴隷だ。神殿に入った時、私の魂に深い闇が定着したのだ。船はいくつかある白い大理石でできた幅広の階段のところへ引き寄せられる。その階段は神殿の壁の内側、屋根の真下にある。この大きな川が、これほど神殿の近くにあったとは、私は知らなかった。階段の最上段に着くと、アグマハドは扉を開ける。すると、見よ! すぐそこに至聖所の入り口があるではないか。沈黙している祭司たちの持つ、わずかな数のほのたいまつがほのかに光り、大きな廊下を照らす。外の川は薄暮の中にある。だがここは真夜中のようだ。アグマハドの合図でたいまつが消される。しかし、すべての明かりが消えたわけではない! 至聖所の扉の輪郭を浮き上がらせ、あの光…かつて私をぞっとさせたあの奇妙な光が放っている。今はもうその光は私をぞっとさせない。そうすべきでないと自分でわかっている。そして、ためらわず、恐れもなく、私は前へ進み扉を開けて中へ入る。

 中には黒いものが立っている。輝くローブをまとった、目が冷たく恐ろしい、その姿が。女神は微笑む。そして手を差し出し、私の手に置く。その手がとても冷たくて、思わず身震いする。

 女神は言う。「アグマハドに言うがよい、私は来るだろうと。私はそなたのそばに座ろう。アグマハドは我々とともに真ん中に立ち、他のわがしもべたちは我々を取り囲むのだ。そして指示する通りにすべてが済んだら、私は全祭司と人々の前で奇跡を行うだろう。私はしもべたちに大変満足している。そしてその者たちに権力と富を与えたいのだ。だからそのようにするのです」

 私は女神の言ったことを繰り返す。言い終わると、暗闇の中からアグマハドの声がする。

 「女神よ、ようこそおいでくださった! お言葉に従いましょう」

 すぐにまた、たいまつに火がつく。十人の人がそこにいる。たいまつを持つ十人の祭司たちは、全員が白いローブを着ている。それらはアグマハドと同様、濃く金色の刺繍が施してある。その中にカーメン・バカもいる。彼の顔は熱烈な感じがする。恍惚の顔のようだ。

 アグマハドは、川の階段へ通じる戸を開く。今はたくさんの船がつながれてある。大きな祭壇の周りに壺が置いてあり、中から焚かれている香が強い香りを放っている。これらの壺は内側に、真っ赤な円が描かれており、何なのかわからない象徴もいっしょに描かれてある。船の横の側、高い甲板の下に、漕ぎ手たちが座っているーー白い服の祭司たちだ。皆、じっと動かず無言で、目を伏せて待機している。船は太い花輪が飾ってある。花輪は集まって、船が出発し太い綱のように見える時まで、塊となっている。船の先端にはそれぞれ、ランプが燃えている。

 我々は船に乗り込む。最初にアグマハドが乗り、人の輪の中央に立つ。私は彼の側の自分の位置につく。私とアグマハドの間に、はっきりと見えるのはあの姿だ。女神は至聖所を照らすあの光と同じ輝きを発している。あまり輝くとは言えぬ光だ。私以外の誰も、彼女がそこにいることがわからないのが見て取れる。

 十人の祭司たちも船に乗り込み、真っ赤な円の中に位置を占める。こうして我々は円の中に取り囲まれる。それから船はゆっくりと階段のある岸から離れる。いくつもの船が私たちの先になったり、後になったりする。すべての船に花とランプが飾られ、白い服の祭司たちを乗せている。静かに行列は聖なる川の真ん中にぶつかり、そこから街へ向かって進んで行く。

 ついに神殿の外側に出ると、遠いささやきのような音が聞こえ、それは大気に広がっている。長くて深いその音をけげんに思い、私は震えるが、それ以外は何も起こらず、すぐにその音のわけもわかった。目が星の光の明るさに慣れてくると、川の両岸の地面いっぱいに押し寄せた、揺れている大衆の姿を私は見る。とても大勢の人々が川の縁にぎっしりと立ち、目に入る限り野原をいっぱいに埋めている。この祭りは大きな祭りで、私は知らなかった。しばらく不思議に思うのだった。しかしすぐに思い出した。実はこの祭りのことは聞いたことがあったが、周りにある今の楽しみに没頭していて、気にとめなかったのだ。おそらく今まで街に住んでいた時に、私は群衆の仲間に加わるべきだったのだ。しかし今、群衆から隔離され、あのすべてが人間らしく思われる。私はアグマハドと同じように黙って佇み、動かない。けれども、私の魂は正体不明の絶望に引きちぎられ、まだ来ていない未知のものへの恐怖に打ちひしがれるのだった。

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